中野島原人(自称)の鉄道趣味の部屋

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碓氷峠鉄道文化むらに行ってみた[中編]

こんばんは、中野島原人です。

前日に碓氷峠前編に続き、今回は中編。EF63が動いている姿に感動した後、静態保存車両の展示スペースに行ってからのまとめです。
前回と比べて画像数がかなり多くなり、見応え満点です(オイ


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DD51 1です。記念すべきDD51のトップナンバーで、落成は1962.3.31、廃車される1986.3.31まで秋田機関区の所属でした。
1次試作車と呼ばれるグループだそうで、前照灯やキャブ屋根の形状が量産車と異なります。ちなみに2~4号機の2次試作車というのも居て、こちらは量産車に近い外観をしてます。


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DD53 1です。全部で3両造られ、1号機の新製配置は旭川機関区、後に新庄機関区に転属になりそこで廃車となってます。
この形式はロータリー式除雪車としてもかなり強力で高速な雪かきができる車両だったようで。時速20kmで除雪した際の投雪の勢いがすごすぎて沿線の民家の瓦や窓ガラスを破壊するほどの威力だったそうです。言い伝えでは、民家の室内にあったピアノを破壊したという話もあるそうでwww
その影響から、2号機と3号機では投雪方向の確認を容易にするため運転席を投雪口の後方である機械室前部に移設する改造が行われました。ただし1号機は改造されず、原型を保ったまま廃車され今に至ります。


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D51 96です。D51でも初期型に分類されるカマで、ボイラーの上のドームの形状からナメクジと呼ばれることが多いです。
ちなみにドームの中には砂箱と給水温め器が入ってます。
本来ボイラーの中で温める水を排気の熱を利用してあたためるための部品を給水温め器と言います。高崎で活躍する498号機であれば、煙突の後ろにある枕木方向に設置された円柱状の部品がソレです。


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EF63 1です。1号機は先行試作車で、2号機以降とはスカートの形状や屋根上の機器配置が異なります。
なんか全検明けのような綺麗さでしたね。


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EF80 63です。写真の63号機はラストナンバーで、新金線完全電化と水戸線電化開業による機関車増備の一環で勝田電車区に配置されました。この車両は2次型で、1次型の保存機は大宮に36号機が居ます。
この63号機では電気暖房用の補助電源MGの代わりに静止型インバーター(SIV)を試験搭載しています。
色褪せがかなり進んでいるので、そろそろ塗り替えをやってあげたいところですが…(汗


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EF80 63のサイドビュー。


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EF59 1です。EF59は瀬野~八本松間の通称セノハチの補機としてEF53から改造された車両で、1号機はEF53 8から改造されました。
トラ模様の警戒色が無い方が普段貨車などを連結していた方です。そっち側の連結器周りがもうゴッチャゴチャで最高ですw
補機の運用に入っていた当時は重連で活躍していたようで、その点は碓氷峠のロクサンと似ているところがありますね。


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EF60とEF65の重連単機が居ましたw


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EF60 501です。P型トップナンバーですね。EF60で現在一番有名なのは高崎に居る19号機でしょう。
500番代は1963年に20系客車を牽引していたEF58置き換えのために投入された機関車で、0番代とは塗装が違ったり飾り帯が付いていたりします。1965年にEF65のP型が出ると寝台特急の運用から外れ、以降は一般型と共通運用されました。
寝台特急運用はわずか2年程と、悲運な機関車でもあったようです。


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キハ20 467です。1962.3.19に日車で落成し千葉機関区に新製配置、その後は茅ケ崎機関区→八王子機関区→高崎第一機関区→高崎運転所(改称)と転属して1990.5.29に廃車されました。
所属表記は[高タカ一]と、高崎第一機関区所属時代の再現になってます。


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キハ20の台車で、上はDT22A、下はTR51Aです。このタイプの台車って最高ですわあ…w


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キハ20のエンジン、DMH17Cです。形式の意味としては、DMがDiesel Motorの略でディーゼルエンジンであること、Hが8気筒(H=アルファベットの8番目)であること、17が総排気量17リットルであること、Cがプランジャー(ポンプ構成部品の一種)直径を8mmから9mmへ変更したことによる同形式内での区別が目的のサフィックスであることをそれぞれ表しています。


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キハ35 901です。1963.4.24に東急車輌で落成し、千葉機関区に新製配置されました。1987.2.6の廃車時は高崎第一機関区だったので、地元に近い場所で保存されているということになります。
この車両はなんといっても見た目のいかつさが特徴的ですね。日本初のオールステンレスカーとして誕生した車両で、強度維持のために車体外周にコルゲートが付いています。製造当初は無塗装でしたが、その後視認性が悪いとのことで前面コルゲート部のみ朱色に塗られ、その後さらに全体が塗られました。


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キニ58 1です。元キロ58 7で、1978.7.25に名古屋工場にて改造されました。新製&最終配置はどちらも水戸機関区です。
余剰になったキロの足回りを使い、車体を新製したキニ28形と同じ改造内容ですが、キニ58はキニ28と種車が違います(キニ28はキロ28からの改造)。常磐線の荷物列車用として改造された同車ですが、列車本数が多かった常磐線では1エンジン車のキロ28からの改造では出力不足になるということで2エンジン車のキロ58から改造されたそうです。

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キニ58 1の車内です。荷物車らしい殺風景な車内ですね。


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ソ300形ソ300です。全長27.5m、自重153.5tは国鉄の車両で最大でした。貨車ですが、出力50PSのエンジンを床下に装備していて(床下にある白い箱の中にある)自走できます。ただ最高速度は25km/hとかなり遅かったようですがw


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スニ30 8です。スニ47800形→スニ36500形→スニ30形と1928年と1941年の称号改正で形式が変わっています。
落成はおそらく1927年頃かと思われますが、資料がなかなか見つからないのでよく分かんないです…。


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マイネ40 11です。1948.10.22に日車で落成し、品川客車区に新製配置されました。その後1955.7.1の1等寝台廃止で形式がマロネ40に変更され宮原、1968.3.30にオヤ41 2に改造されました。
保存されるにあたってマイネ40に復元改造されたようで、なかなか粋なことをやってくれるなあとw


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EF63 25+EF63 11です。やっぱりロクサンと言えば重連ですよね!


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EF63 25を単体で。この日動いていた12号機とは形態に差があります(下の写真と比べると分かりやすいかも)。グループは3次型で、ナンバーのブロックプレート化・尾灯の外ハメ化・避雷器の位置・2エンド側ジャンパ栓の個数と配置・水切り形状変更と違いが多くあります。
24・25号機は同5・9号機の事故廃車を受けて急遽製造された2両です。


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走行中のロクサン12を流し撮り。25号機とは色の褪せ方が全然違います。


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園内を一周するミニ列車[あぷとくん]がちょうどやってきたので絡めて撮影。ちょっと無理があるか(((


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EF65 520です。1966.3.3に東京芝浦電気にて落成し吹田第二機関区に新製配置されています。その後は新鶴見機関区(1968.9.13)→広島機関区(1969.11.22)→米原機関区(1975.3.4)→稲沢第二機関区(1984.1.31)→高崎第二機関区(1986.10.31)→高崎機関区(1987.4.1改称)と転属し、2002.3.15に廃車されています。
いわゆるF型と呼ばれるグループで、最大1000tのコンテナ列車を時速100kmで牽引できるように開発されました。スカート周りのゴチャゴチャがこれまた最高で、特に連結器の四隅にある空気管がもう…!


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EF62 1です。1962年に川崎車輌/川崎電気から落成しました。先行試作車で、側面屋根肩部に明かり取り窓が無いことや、側面ルーバーの形状が量産車と違います。
気になったんですが、この車両のナンバーが金文字のような気がするんですが…?


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EF63のDT124形台車です。新性能電気機関車としては唯一の使用例である3軸台車です。台車の軽量化と軸重移動を抑えることが目的だったみたいです。とりあえずこの複雑な構造でご飯3杯行けそう(


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EF15との並びをば。一昔前の機関区での1コマのよう。


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EF15 165です。1958.7.22に日立で落成し、新鶴見機関区に新製配置されました。その後は1962.8.10~11.27まで高崎第二機関区に貸し出され、1962.11.28に同区へ正式に転属しています。
EF15は総数202両と同一形式ではかなり多くの両数が作られていて、当時の標準機となっていました。


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ナハフ11 1です。10系客車ナハフ10の室内灯を蛍光灯に変更したグループです。室内灯を変えただけで形式まで変える意味とは…?


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オハユニ61 107です。1955年11月にナハ22366から改造されました。1987年2月に廃車され、高崎に長期留置の後ここに保存されました。3等座席郵便荷物合造車と、やたらと仰々しい感じの車種ですw


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ゴハチと10系客車が編成組んでました。昔はこんな感じの回送列車とかあったんでしょうね。


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EF58 172です。1958.3.28に日車/富士電機で製造され、沼津機関区に新製配置されました。
同形式で60・61号機以外では唯一の御召列車牽引指定機です(172号機での御召列車運転は1982.5.1)。よく見ると車輪のフチや乗務員手すりの部分が銀色です。


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オハネ12 29です。1967年に大宮工場でナハネ10 29を冷房改造して登場しました。端的に言えば冷房を乗っけて自重が増加したために車番を変えただけですねw


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オシ17 2055です。1959年に長野工場でマハ29 106から改造されて登場しました。
保存されている同車は1974年に土崎工場(現秋田車両センター)にてオヤ17 1に改造されましたが、塗装と表記類はオシ17時代に復元されています。だだし車内はオヤ17時代のままで、写真のパンタグラフを初めとした教習用の部品が数多く残っています。写真を見ると貫通扉が塞がってますが、これはオヤ17化改造時に行われたものです。
台車はTR53で、本場スイスで多用されるシュリーレン式台車と言われるものを履いています。見た目結構ゴツいですね。


今回はここまで。後編に続くッ
ではノシ
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